■500種を超える「有用魚介類」のうち食べたことがあるのは何種類?
マグロ、タイ、ヒラメ、アジ、サケ、アワビ、ワカメ……。あなたは何種類ぐらいの魚介類を口にした経験があるだろうか。よほどの釣り好きや寿司通でもない限り、50種類を超えることはないと思う。一方で、日本国内で水揚げされて食べられる魚介類は500種とも600種とも言われる。つまり、一般の家庭では9割以上の魚介類と食卓で出会わずに過ごしているのだ。
都会のスーパーなどではあまり目にすることのない魚たち。漁でほとんど獲れない希少な魚種とは限らない。メジャーな魚種に混じって網に入るけれど、市場価値が低いので海に捨てられてしまう魚も少なくない。いわゆる未利用魚、低利用魚の問題だ。
海の恵みに寄り添い、産地で獲れる多様な魚を美味しく食べる――。こんな目標を掲げて2023年4月に誕生した鮮魚店が鎌倉市にある。
サカナヤマルカマが開業から2年余りで扱ってきた魚介類は250種類以上。魚の知識と技術を客に伝え続けた結果、オジサンやアイゴといった聞き慣れない魚がこの店では人気の魚種になっている。
■食べたことのない魚と出合える場所
筆者が訪れた5月下旬も阿久根から直送された以下のような魚種が店頭に並べられていた。
・ヨコスジフエダイ
・イラ
・タカノハダイ
・ヤガラ
・フエフキダイ
・ホウボウ
・イサキ
・オニカサゴ
・ガンゾウビラメ
・オオモンハタ
魚好きを自任する筆者ですらこのうち半数しか食べたことがない。サカナヤマルカマでは近所に住む上品な主婦が店員と会話しながらヨコスジフエダイなどを買って行く。信頼関係があり、食べ方を教えてもらえれば、消費者も見知らぬ魚に手が伸びるのだ。
この中で筆者が手に取ったのはイサキ。マニアックとは言えないけれど、すごくメジャーな魚とも言えない。少なくとも筆者は愛知県の海辺に住み始めるまでは口にしたことがなかった。釣りに連れて行ってもらったときに初めて手にして、細かい鱗にびっしりと覆われた体と硬い骨、そして味の良さに古武士のような風格を感じた。
■皮にも骨にもうまみが詰まっているイサキは丸ごと味わうのが正解
「イサキの旬は年に二度ある。まずは今頃だね。年々早くなっているけれど、5~6月と覚えておこう。産卵前のこの時期、肉の味が良くなってサラッとした脂を楽しめる。まとまって獲れるから漁獲の旬とも言える。もう1つの旬は冬。群れは薄くて大型は深場に移動してしまうけれど、20センチ前後の若いイサキは岩礁地帯に群れている。小さくても厚みがあるものは濃厚な脂をのせているよ。寒イサキだ」
イサキの「味覚の旬」を教えてくれる上田さん。この魚を刺身や切り身などではなく丸ごと購入する理由は2つあるという。1つは、皮にもうまみが詰まっている魚であること。ほのかな磯の香りが夏の海を感じさせてくれる。
1.3枚におろした皮つきの身の血合い骨を切り除き、皮と身の間に串を打ち、皮側に塩を振り、直火であぶる。皮の側は20秒ほど、身の側は2、3秒ほど。
2.キッチンペーパーでくるみ、冷蔵庫で1時間ほど冷やす。水っぽくなるので、氷水等には浸けないこと。冷やしたら、1センチほどの幅に切る。大葉は細切りにする。
3.イサキを皿に並べ、大葉を散らし、カイワレを添える。好みで醤油をつけて食べてもいい。
■アンチョビもアサリも不要の本物のアクアパッツァ
イサキ丸ごとチャレンジのもう1つのお得理由は、あらなどからいいダシが取れること。刺身で食べた後の骨で澄まし汁を作れることはもちろん、丸ごとアクアパッツァにすることがお勧めだ。
「ホウボウやスズキと同じく、加熱しても肉が固くならない白身魚の代表格と言えるね。ダシも出るけれど肉の味もしっかりしていて、繊維はしなやかさを保っている」
アクアパッツァにはいろんなレシピがあるが、上田さんが教えてくれたのはアンチョビなどを入れないシンプルなもの。マダイの記事で紹介した「マース煮」が和風アクアパッツァならば、こちらは「洋風マース煮」と言える。
マース煮は日本酒、サラダ油、醤油、みりんを使ってネギを入れるが、アクアパッツァは白ワイン、オリーブオイル、ニンニクを使い、パプリカやミニトマトを加える。酒と塩水で煮込んで、魚の肉とダシを吸った野菜を楽しむという点では同じ。つまり、マース煮とアクアパッツァはその魚の個性を堪能することが本筋なのだ。
■料理の本筋に立ち返ると食費の節約になる
「イサキのダシを味わうのだから、カタクチイワシ(アンチョビ)は要らないよ」
そんな上田さんによれば、オリーブやあさりは「入れても入れなくてもいい」。ケイパーは「酸味が欲しければ入れてもいい」。筆者は習慣的にオリーブやケイパーを買い揃えていたが今後は必要ないかもしれない。料理の本筋に立ち返ることは食材費の節約にも通じている。
上田さん流のアクアパッツァは以下の通り。
1.フライパンでオリーブオイルを熱し、ニンニクのみじん切りと唐辛子の輪切りを入れる。
2.ニンニクが色づいたら、切り目を入れた魚を入れて両面を焼く。表面だけに火が通ればOK。
3.パプリカの細切り、タマネギのくし切り、ミニトマトを入れて軽く炒める。
4.魚の4分の1ぐらいの高さまで白ワインを注ぎ、中火にしてフタをする。
5.沸騰したら、すまし汁ぐらいの濃さの塩水を魚の半分ぐらいの高さまで注ぐ。
6.アクを取りながら煮汁を繰り返し魚にかけ、切り目が大きく割れてくるのを待つ。パセリと粗びき胡椒を振って完成。
■塩で水分を抜くだけで刺身が格段に旨くなる
よく太った30センチ弱のイサキを1匹950円で2匹購入。1匹は3枚おろしにして、半身を刺身、半身を焼き切りして前菜にしよう。もう1匹はそのままアクアパッツァにしてメインに。最後は1匹目のあらで作った澄まし汁で締めるという流れだ。
お邪魔したのは、前回のシイラ記事と同じ世田谷区の友人夫妻宅。
「美味しい~。イサキはもっとさっぱりした味のイメージだけど、濃厚なうまみがある魚なんだね」
奥さんのほうが大喜びしてくれた。旦那さんも無言で嬉しそうに食べている。上田さんもお勧めする「塩締め」は、魚のサクに塩をまぶして10分間ほど置き、流水で洗ってよく拭くというもの。余分な水分が臭みとともに抜けるので、もっちりとした食感になるし凝縮された魚の風味とうまみを味わえる。軽く塩味がつくので、醤油はつけなくてもいい。
■丸魚を味わう王道
失敗してしまったのは焼き切り。串を打ってコンロで焼いて切り分けるまではうまくいったのだが、半身分に大葉を10枚分も加えてしまったのが敗因だった。大葉の香りが強すぎてイサキの味がわからないなと思っているうちに食べ終えてしまった。3人いるのだから焼き切り用のイサキはもっと多めに用意すべきだったかもしれない。
「大葉はうちで育てているよ。小さいけれどね。材料をあらかじめ教えておいてくれたら大宮さんが買わずに済んだのに」
と友人。他にもアクアパッツァで使う調味料などを途中にあったスーパーで買った筆者。友人宅の台所でまったく同じ商品を発見した。これでは丸魚のお得が台無しだ。今後は気を付けたい。
アクアパッツァは成功だった。油断して煮すぎてしまったけれど、それだけスープが濃くなった。イサキの骨の奥からもダシが出尽くしたのではないかと思うほど強い味だ。確かに、アンチョビなどは不要だと思った。
焼き切りの失敗とアクアパッツァの成功の振り幅に頭が朦朧とし、あらで澄まし汁を作ることを忘れてしまった。嬉しかったのは、友人夫妻がアクアパッツァの残りスープを翌日のランチパスタに活用した、と報告してくれたこと。すべて自分で準備しようとか食材は使い切らなくちゃとか気負わずに、知恵も胃袋も出し合ってみんなでほどよくハッピーになる。それが丸魚を味わう王道なのかもしれない。
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大宮 冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター
1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せの見つけ方~』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。
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(フリーライター 大宮 冬洋)